|
■31日(昼下がり)片貝小学校、スポーツセンター
国道がやたらと渋滞していることはさっき見たばかり、抜け道を走る。ガラガラである。途中、いくつかの避難所を見つける。いろんな災害復旧トラックとすれ違う。神戸からの給水車もすれ違う。思わず敬礼。通行止めの関越道をくぐる。
昨日対応が冷たかった(ような気がする)片貝小学校へ到着。今度はきちんと自己紹介。僕は長岡で僕は神戸で、である。二日連続で来たこともあって、今度は大歓迎される。昼間はみな出掛けていて、駐車場はがらんとしていた。食事時にまた集まってこられるそうだ。
お茶はかなり喜ばれた。あと風邪薬も。アルファ米は相当飽きた様子だったが、教頭がふと思いつく。
「具を入れなければ白米になるんじゃないの?」
なるほど。
そして、ボランティアセンターから預かってきた、白紙のニーズ表を渡す。これは、避難所の場所、人数、年寄りや子供の割合、ボランティアの状態(炊き出し、掃除などの状況、人数を書き込む紙だ。神戸と違ってだいたいどこもゼロで、避難者が自ら行っている)。電気がないときに作られたのだろう、手書きの文字で構成されている。
渡すと、「あら、これあるわよ」と言われる。センターに提出できてないのだ。災害対策本部も書類を作ったのならば取り来るかその場で書かせるかしないと。
「欲しい物はほしい、ハッキリと書いた方がいいですよ」
90人中老人が80人もいる避難所だ。主張した方がいい。
震災一週間にして初めて書き込まれたニーズ表を、センターへ届けるために預かる。
その足で隣のスポーツセンターへ行く。土のテニスコートに寝ている避難所だ。
丁度アルファ米を作っているところだった。ここにもニーズ表は届いていたが、彼らも同様に提出できていなかった。
「おれら字書くの苦手だから」
ニーズを聞き、こちらで書き込む。主張するため多少大げさに書く。と、
「そんなこと書かなくていい。ここはここでやっていくから」
いろんな事情があるのだろう、と僕らは黙り込む。
「それに、昨日あなた方がいろいろくれたから」
倉庫にあったうがい薬と僕が自分で買ったビタミンC剤を置いていく。喜ばれる。
電話がない避難所なので、自治会長さんの携帯電話番号をいただく。
|