■30日(22時頃か)長岡市宮内 板くら
長岡の中心部に戻り、近藤やカワちゃんの友人、板倉さん親子が経営する「板くら」に晩飯を食べに行く。ついでに酒も飲んでしまう。板倉さんの奢りで刺身をご馳走になる。何もかもが旨い。マジで。北国だからか味付けが濃い。旨い。うん。

東京から持ってきた物資はほぼゼロになったので、明日一日をどう行動しようか議論する。
震度7だし、川口に行こう」
「いや、小千谷だろう」
「もうできることは何もない」
「持ってきた物資を配るだけが我々の使命ではない」
「勢いだけが取り柄の我々が、大規模なボランティア組織と与するのはいかがなものか」

「友人の顔が見たい。別行動でいいかな」
カワちゃんが言う。もちろんである。
僕も震災後初めて帰った神戸の街で友人を訪ね歩いたものだった。
知り合いの安否を尋ねたいと思うのは災害後の当然の心理だと思う。
イヌイも高橋もそれはイヤと言うほど知っている。
近藤はいいのかな……と心配になる。

「避難所では癒しが求められている」という情報もある。被災一週間にしてもうそんな話か、と正直僕は驚く。神戸の時は一週間はまだ大混乱の中だった。
歌で「癒し」を提供できないかと近藤が頭をひねる。が、板倉氏に猛反対を受ける。
「体育館では強制的に歌を聴かされるわけだから、一人でも嫌がる人間がいるようなことはすべきでない」
難しい議論だと思う。
「体育館の中ではなく、外でやれば選択的になると思う」
と提案するも、この案はボツとなる。まあ、準備がなさすぎるわな。
しかしぜひ近いうちに歌ってほしい。
僕にはこうやって書くことしかできないが、近藤には歌があるのだから。

被災者の板倉さんが言う。
「ボランティアというのは受ける側が迷惑することもある。けれど、何かをしたいという気持ちがあれば俺は何をしてもいいと思う」
ボランティアの熱意は、一歩間違えればありがた迷惑である。頭では重々知っているが実際の行動となるとなかなか難しい。その微妙な境界線を見分ける冷静さと"引き気味な姿勢"が大事なような気もする。僕らにそれはあったのだろうか……。独りよがりになってなかっただろうか。

そろそろ体力の限界。かなり眠くなってきたので、寝床を探そうとする。車でもどこでも眠れる状態だ。が、近藤家からまたお招きが……。
ああ、自己嫌悪。何しに行ったんだ……。すいません。
でも近藤パパが一言、
「ボランティアは、する側に体力がないとダメ」。
お休みなさい。
近藤家の一階に3人布団を並べて熟睡。ただ熟睡。

新潟の夜はハンパなく寒い。この季節で、東京の真冬並の寒さだった。避難所が忍ばれる。

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