■30日(昼過ぎ)越路町役場
再びカワちゃんをピックアップし、ひとまず越路町役場に向かう。ここには越路だけでなく山古志村や小千谷市の人々が避難しているという。ここら一帯のボランティアセンターもここにある。


地震で凸凹になった道路を少し走る。道はあらゆる所で窪み、また盛り上がっていた。アスファルトで応急処置ができない箇所(マンホール付近など)は、周りにロードコーンを立てたりして、車が踏まないようにしてある。いちいち片道交互走行、徐行運転である。
しかし家屋はほとんど倒壊していない。神戸と新潟は、同じ地震でも被害のカタチがまったく違うことを思い知る。少なくとも、山が崩れて車が埋まるなんてことは神戸ではなかった。道路がたくさんあるため、集落が孤立することもなかった。逆に、たった一つの家族の救出劇が全国中継されるなんてこともなかった。神戸ではああいった救出作業は日常茶飯事だったはずだ。
メディアは神戸と同様な被害を想像して現地に入ったが、思ったほど大したことがなく(あくまで見た目の話だ。テレビは映像がすべてだから)、そのはけ口としてあの過剰なほどの救出劇報道があったのではないか、と僕は思っている。もちろん、何かを期待して観ている我々視聴者にも同じ事が言える。

そんな思いも抱きつつ、好奇心は拭えない。通り道だから、と心に言い訳をしながら新幹線の脱線現場を見に行く。さっきまでとても元気だった巨大な生き物が、次の瞬間突如動かなくなった。そんな印象を受けた。新幹線は、眠ったように死んでいた。

越路町役場、到着
救急車が十台ほどと自衛隊車両がわんさといる。炊き出しも始まっている。赤十字もいる。災害時には自衛隊や赤十字のように、横に広がりを持つ組織が威力を発揮する。逆に、市町村レベルに属する団体は各市町村に対しては強いが、外への効力はゼロに等しい。このことは、この町役場でも思い知らされることになる。

建物の外の倉庫群(この辺りの役場にはみな、このような倉庫がある。除雪関係の設備であるようだ)にボランティアらしき人々を発見。近づいて話しかけてみる。
「東京からいろいろ持ってきたんですが」
「じゃあ全部ここに下ろしてください」
全部? それでちゃんと必要な人のところに必要な物が行き渡るのか?
「こちらで数を数えまして、あとは【均等】に分けさせていただきます」
均等……。均等こそが行政の正しい姿であり、理念である。しかしこの平等主義こそが、実にやっかいで難儀な壁として被災者の前に立ち塞がるのも事実だ。だからといって具体的な良き解決法は見あたらない。

倉庫をざっと見渡して、余ってそうな物資もあることに気付く。なので僕らはこう提案した。
「何があるかリストを見せますんで、その中から必要なものだけ選んで下さい。それらを置いていきますから」
「あ、それはいい方法ですね」

担当してくれたのは、役場の可愛らしい人だった。彼女は、平等の原理で動く縦割りな世界に疑問を持つ程度に若く、話の分かる様子。それに、可愛らしい人が何かのために必死に活躍する姿は、男心を打つのだ(関係ない)。

さっき書いたリストを渡して、待つこと20分。果たして彼女が(越路町役場が)選んだのは、ガスコンロ、ボンベ、歯ブラシ、そして電池だった。
「げげっ、人気商品を全部持って行かれる」
というのがこの時のホンネ。僕らは被災者に直接手渡して喜ばれたい……なんていう妄想を抱いていたのかも知れない。しかしそれはあくまで妄想である。必要とされている物をセンターに渡すのは当たり前の話、ということが現実として理解できた瞬間である。
車に戻り、言われた物をすべて渡す。あとは任せた、可愛い人よ。

一方で、車には相当な数の物資が残る。いや、残したと言うべきか。
地元の近藤がその可愛らしい人に色々質問する
(今回の近藤の活躍ぶりには僕は感動すら覚えた。地元を愛する力だと思った)。
やがて可愛らしい人からポロリと出た言葉があった。
これはオフレコなんですが、と前置きし、
「片貝の方がちょっと物資不足らしくて……」。

片貝(かたかい)は小千谷市の管轄。ここ越路町役場から目と鼻の先でありながら救助の手が出せないでいるのだ。この期に及んで縦割りである。
さっそく我々は片貝なる場所へ飛んでいくことに。
なので越路町災害対策本部でのボランティア登録は敢えてしなかった。

……こうして、我ら不良ボランティアの活動が始まる。

























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