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■29日(深夜)関越道・下り
道路はガラガラである。誰もこんな時期に新潟方面へは向かうまい。輸送トラックもいない。東京からの食料の供給がかなり減っているのだろうと推測。
「昔はよくスキーやサークルでここ走ったなあ」と思い出に浸るオレ。
まずは高坂SAで集合。がらがらの食堂で道のり会議。
「藤岡から高速を乗り換えて、長野を北上し、北陸道で長岡に入ろう」
「でも関越道はこのまま小出インターまで行けるよ」
「しかし一般道は寸断されてるだろう?」
「小出まで行けば、被災地は目の前」
いろいろ議論していて気が付く。
【情報が足りない。】
とりあえず前に進もう。しばらく走って今度は赤城高原SAに集合。先の高坂SAでもそうだったが、パーキングにはやたらと「赤帽」の軽トラックが止まっている。しかもどのトラックにも人の気配がない。不気味だ。
ここでみな仲良く夜食を摂ることに。しかしレストランを期待していた僕はがっかり。東名高速の各SAにある豪華なレストランと違って、関越の食事はひどい。店員も、今にも死にそうな疲れ切った顔でやる気がない。目つきが恐い。
「被災地に入ったら飯も食えないだろう」
とにかく胃にかき込む。
食堂の隅っこにタッチパネルの道路情報を見つける。イエイ、コンピューターだぜ。ふむふむ、ネットに繋がってるのか。いろいろ道路を調べていく。出た。
「浅間山噴火による……」
この辺りはこんな被災もしていたな……と群馬、長野、新潟の区別があまりついてない俺。いずれにせよこの情報、今は要らない。
ふと、ガラス窓に紙切れが貼ってあるのを見つける。
「新潟県中越地震に伴う通行止め状況……。これだ」
最新道路情報が各SAヘファクスで送られてきているようだ。通行止めの道路に×印が付いている。これによれば、六日町インターで高速を降りて迂回するしか方法がないと分かる。小出インターまで行っていたら、被災地を目前に立ち往生するところであった。情報バンザイ。
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