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■29日(夜)東京出発
金曜日の夜。初震からもうすぐ一週間である。
23時に救援物資が我が家に続々と届く。前公演出演者の小笠原、演出補助の園尾、大学の先輩村山さんらが物を届けてくれた。生理用品、服、などなど。僕の母からも少々預かってきた。
さらに我が家には前公演で使った避難グッズがたくさんある。それを高橋カーに積み込む。毛布、ポリタンク、薬、懐中電灯。高橋カーには、劇団員志田の家にある毛布も積み込む。
(我が家や志田家にあった毛布やタンクは、次回再演の時に小道具として使う予定で置いてあったものだ。これが実際にリアルな避難グッズになるとは夢にも思わなかった)
高橋カーに荷物を積み、近藤カーと合流するために市ヶ谷にある近藤の職場、ソニー・ミュージックへ。
近藤はレンタカーをしていた。偶然にも、崩落した土砂に埋まったあの車と同じトヨタのワゴン。
ソニーには、驚くほどの物資が届いている。会議室一杯の段ボール。しかもすでに仕分けしてあるではないか。うちのギターのサトシと、友人の岩間が内容物を整理してくれていたのだ。なんてありがたい。すごい労力だったと思う。物資を提供してくれたソニーの皆さん、下北沢シュワッチ!の設楽さんらにも感謝。
が、2台とも物資でパンパンになる。
「これ以上、載り切らないね……」
泣く泣く一部を東京に置いていく決心をする。
車のフロントとバックに「新潟中越地震、救援物資搬送中」の紙を貼って出発。都内では結構目立つこの張り紙、ちょっぴり誇らしげな気分になる。
「なんでこんな紙、貼るんすか」と疑問を呈する高橋。
「とにかく、こういうのは貼っておくもんなんや」と見透かされて曖昧なオレ。
のちに、この貼り紙は絶大な威力を発揮する。
高橋カーにはイヌイが、近藤カーには岡本と近藤の幼なじみ(すなわち今回の被災者)のカワちゃんが便乗。近藤は国家に免許を剥奪されており、岡本が運転。
26時、環七のドン・キホーテで長靴やら雨合羽やらを買う。
そして一路、関越道へ。音楽は神戸で買った中古の桑田佳祐にしておいた。
「♪隣の空は〜灰色なのに〜、幸せならば顔をそむけてる〜」
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